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8年前の僕とおばあちゃんの話※少し長文(T平)

今日は趣向を変えて、
僕がブルガリアというを好きになった昔話をちょっと。
(移動続きでネタがないだけですが)



今から8年前の話。

当時、僕は大学4年生でした。
就職活動を終え、黙々とアルバイトに精を出し、
学生最後の旅行をしようとエジプトへと飛んだのは1月の上旬でした。

8_201308250314108a0.jpg
※当時の僕

エジプトからは特に危険な目にあうこともなく、
ヨルダン、イスラエル、シリアと当時は一般的だったルートを通り、
最終目的地、ヨーロッパとの境目にあるトルコのイスタンブールへたどり着くころには
2月になっていました。

イスタンブールに訪れた目的はいわゆる“沈没”。

つい最近つぶれてしまった日本人宿、
「Tree of Life」では、日本人旅行者が集まり、シェア飯を食べ
毎晩トランプやら何やらでゲームをして楽しむ、という噂を聞いていたので、
しばらくのんびりしてから日本に帰ろうと決めていたのです。

もちろんイスタンブールに着く前にも
日本人宿に泊まっていたり、日本人の方と一緒に移動していたので
特に日本語に餓えていたわけではありません。

しかし、もう少ししたら就職しなくてはならないという、
暗い気持ちを誰かと共有し、じっくりと情緒を整えて日本へ帰りたかったのです。


実際にTree of Lifeに訪れてみたところ、
日本人旅行者は驚くほど多く、20名ほど滞在していました。

僕もその輪の中に入ることになるんだろうと
しばらくは当たり前のように信じていました

ところが、宿泊し、何日経っても、
まるで、都会の学校に田舎の生徒が転校したときのように、
僕は輪の中に入れません。


僕のコミュニケーション力の無さによるものかもしれません、
もし、今の僕だったら違うアプローチがとれたかもしれません。

とはいえ、Tree of Lifeのソファーが並ぶ共有スペースには
いくらフレンドリーに話しかけても、
いくら仲良くなろうとしても、よそ者を寄せ付けない、
そんな排他的な雰囲気がありました。

リーダーのような人がシェア飯を作り始めると
僕はたまらなくなり、サバサンドを食べに外出しました。

トランプでゲームをやったり、宴会が始まると、
僕は自分のベッドへもぐりこみ、貯蔵してあったマンガを読み漁りました。


そして耐え切れなくなった僕は夜行電車で逃げました。
それがトルコの隣の国、ブルガリアでした。


道中、ゲイに襲われかけたり、スリに狙われたりしましたが
無事、首都のソフィアに到着し、
情報ノートを写したメモを頼りにある1軒の宿に着きました。

245tn.jpg

おばあちゃんの宿。

宿泊者は僕以外、誰もおらず、
従業員もおばあちゃんと、たまにやってくる娘(おばちゃん)のみ、
つまり、おばあちゃんとの共同生活が始まったのです。

共同生活というと、ウルルン滞在記のような
お互いが常に一緒に生活をしているような印象を与えてしまうかもしれません。

ところが英語が一切通じないおばあちゃん。
ブルガリア語は「ダ」(YESという意味)しか知らない僕。

おばあちゃんも僕も、会話をする努力が次第に億劫になり、
いつからか1日に数回、決まりの文句のやり取りのみ、
ビールやワインの栓抜きを借りるときに話しかけるのみとなりました。


当時も、酒好きなのは今と変わらず、
特にトルコからブルガリアに入ると、お酒の価格が一気に下がるので
どうしても暴飲してしまいがちです。

特にイスタンブールから逃げたという負い目もあったのでしょう。
気がつけば、寝ているとき以外は常に酔っ払っていました。

お酒に酔うと気が大きくなるのも今と変わっていません。
僕の日常は、暗く、人通りが少なく、
少し危険な印象のある冬のソフィアで、
起きて飲んで昼夜問わず町を彷徨う、
という毎日をひたすら繰り返すのみでした。


そんなやさぐれた生活ではあったのですが、
僕には、なんだか妙な心地よさがありました。

中華料理屋のおばちゃん、ワイン屋のおっちゃん、
立ちんぼ(街角の売春婦)のジプシー、
いつも客が僕一人で、僕一人の為に裸のおねえちゃんを躍らせるストリップ屋の店員、

世間話をしたり、挨拶をしたりする関係や
友達になったわけではありません。

ただ目があうと、微笑む、それだけの関係、
町にいわゆる「知り合い」が出来てきたのです。

例えば東南アジアや南米だったら、
それぞれもっと親密な付き合いになっていたのかもしれませんが、
ブルガリアは旧共産圏であり、ヨーロッパです。

人と関わるのは用事があるときのみ、
町で何度もすれ違うくらい、商品とお金のやり取りをするくらいであれば、
お互いが「知っている」程度の仲にしかなりません。

ただその感覚が、
人見知りでコミュニケーションをとる事にネガティブな僕には心地よく
何より楽だったのです。

その後、まだ4月の入社式まで時間のあった僕は、
ブルガリアのソフィアに居続けてはならないと、
ソフィアを拠点とした旅行を繰り返しました。

マケドニア、ギリシャ、セルビア、ルーマニア。
ブルガリアと国境を接する国にも行ってみました。

6_20130825031407362.jpg

しかし、どこへ行ってもソフィアの居心地の良さを思い返し、
まるで実家へ帰るようにおばあちゃんの宿へと戻ってきました。

おばあちゃんと僕の関係は、
チェックイン、チェックアウトをいくら繰り返しても
依然親密になることありません。
会話は変わらず事務的な必要最低限のことだけ。

ただ僕が帰ってくると、微笑むだけ。
お互いがお互いの存在を知っている、ただそれだけです。

ただ、それが、僕が求めていたものであり
Tree of Lifeに宿泊していた日本人たちとはとれなかった意思の疎通でした。

その後、僕が日本に帰ったのは3月の半ばです。
思い返してみると1ヶ月以上、ソフィアを拠点に過ごしていました。

イスタンブールからの逃亡先として選んだブルガリアが
僕にとって心を許せる特別な国になったのは、そんな経緯があったからです。




・・・そして8年後、

ブルガリアのルセからヴェリコ・タルノヴォという町へ向う国鉄の中、
心を許したこの国では、安心して地元の人のように熟睡することができるのです。

DSCF7860.jpg

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